PlayneDays #000:僕が、ここでエッセイを書く理由
「サッカーは、監督やコーチの指示を聞いて、そのとおりにプレーするもの」
そんなふうに思っている選手が、最近とても増えた気がする。

ピッチの中にいても、どこか“受け身”で、指示を待ち、予測も判断も少ない。
言われたことはできるけれど、自分で決めて、自分の言葉で動く選手が減ってきた。
それが、僕はとても怖い。
もちろん、指示が悪いわけじゃない。
勝利を目指す以上、チームとして共有すべき「決まりごと」は必要だし、子どもたちが混乱しないように、導いてあげるのも大人の役割だ。
でも、その一方で、
子どもたちの中にある「やってみたい!」とか、「こうしてみよう!」という芽が、「間違えたらどうしよう」とか、「言われてないことは、やらない方がいいかも」という不安の中で、小さくしぼんでいく。
そう感じる瞬間が、年々増えている気がしてならない。
サッカーって、もっと自由でいい。
もっと“あそび”みたいでいい。
ミスしても、笑って、またやってみればいい。
その中に、「見る」「考える」「選ぶ」「やってみる」が全部詰まっている。
「どう動けばいいか?」を“自分で考える”ことを、
「失敗してもいいんだよ」って見守ってくれる大人がいることを、
「チャレンジしていいんだ」って空気があることを、
もっと子どもたちに届けたい。
サッカーは、もともと“あそび”だったはずだ。
公園で、路地裏で、友だちとケンカしながら、笑いながら、思い思いにプレーしていた、あの頃のように。
このエッセイは、そんな“あそび”の目線から、もう一度、サッカーを、そして子どもたちの育ちを見つめ直していくものです。
プレーが「受け身」ではなく「自分ごと」になっていくために。
そして、サッカーが、もっと子どもたちの「日常」として根づいていくために。
PlayneDays サッカーは、日常の中にあるあそび。
そんな思いを胸に、言葉を綴っていきます。
PlayneDays#000:僕が、ここでエッセイを書く理由
文:@ぶんちゃん+
PlayneDays #001は、5月10日9:00に投稿予定です。
PlayneDays(プレインデイズ)
サッカーは、特別なものじゃなくて、日常の中にある「あそび」。
一緒に笑って、一緒にチャレンジして、失敗も成功も、みんなで笑って喜ぶ。
そんな日々の中で、子どもたちの心と体は、ゆっくりと育っていきます。
PlayneDaysは、子どもたちと、そして彼らに関わるすべての大人たちと、“あそび”を通じて育ちあう毎日を創造していきたいと想いを込めたエッセイです。

PlayneDaysの「Playne(プレイン)」は、
“Play(あそび・プレー)”と“Plane(日常の地平)”を組み合わせた造語。
サッカーが日常に根づき、子どもたちの未来を広げていく。
そんな願いを込めています。
そして、そこに「Days(毎日)」を加えることで、“あそびがある日々”を、子どもたちと大人が一緒に紡いでいくという意味が生まれました。
サッカーは、特別なスポーツじゃない。
日々の暮らしの中に、笑いと成長のタネがある。
PlayneDaysは、そんな日常に寄り添いながら、サッカーと心の育ちをともに喜び合う時間を届けていきます。
PlayneDays #001は、5月10日9:00に投稿予定です。