PlayneDays #011:“わかっているつもり”の、その先へ。〜 子どもを“知る”って、どういうこと?〜
「T先生は、毎日こどもと接してるから、全部わかってる」
そんな言葉を耳にしたとき、僕はふと違和感を覚えた。
それはきっと、「わからなさ」と向き合ってきたからこそ感じた感覚だった。
日々こどもたちと関わっていると、似たような反応や行動を見るたびに、「この子はこういうタイプかな」と判断したくなる。けれど、昨日のその子と今日のその子は、まったく違うかもしれない。
「わかっているつもり」が強まるほど、安心は得られる。
でも、その安心が目の前の子どもを正しく見る力を弱めてしまう。
そこに潜んでいるのは、経験バイアスや確証バイアスといった、無意識の思い込みだ。
そして気づいたのは、自分自身もまた、「見えていない人を、見えている自分がわかっている」という別の“つもり”にとらわれていたこと。
結局はどちらも、「わかった気になっている」にすぎなかった。
だからこそ大切なのは、“わかる”ことではなく、“わかろうとしつづける姿勢”
問いつづけること。
聴きなおすこと。
思い込みを手放すこと。
子どもたちは、大人が「わかろうとしている」姿をちゃんと感じている。うまく伝わらなくても、うまく理解できなくても、「わかろうとすること」が関係の土台になる。
子どもとの関係は、「教えるー教えられる」ではなく、「共に育ち合う」もの。
PlayneDaysが大切にしたいのは、“わかっているつもり”にとどまらず、問い、揺れつづけること。
わからないからこそ、関わる意味がある。
その“わからなさ”の先に、きっとまだ見ぬ関係が待っている!
僕は、そう信じていたい。
PlayneDays #011:“わかっているつもり”の、その先へ。〜 子どもを“知る”って、どういうこと?〜
文:@ぶんちゃん+
PlayneDays #012は、6月21日に投稿予定です。
PlayneDays #011:“わかっているつもり”の、その先へ。〜 子どもを“知る”って、どういうこと?〜(オリジナル版)は、note[ぶんコーチ:PlayneDays〜サッカーとあそびと関わりと〜]に6月30日にアップします。